アズちゃんのつぶやき  part4

H.18.10.13                還暦同窓会

 8月のある日、一通の手紙が届いた。
それは中学校の同窓会の連絡だった。中学校を卒業して45年(間違いないと思う)・・・
今年還暦の年を迎えるにあたって、皆で集まりましょうという知らせだった。
 私の頭の中は遠い昔にタイムスリップしていた。 利根川と赤城山が見渡せる景色の良い高台に
『月夜野第一中学校』はあった。 
毎日、利根川にかかる月夜野橋を渡り学校へ通っていた。ここから見る赤城山は裾野を前橋の方に
長くひき、利根川を挟み反対側には雪をかぶった谷川岳がそそり立ち、いつ見ても素晴らしい景色だ。
こんな自然に囲まれた環境の中で皆伸び伸びと育んでいった。
 今は素敵な名前だった月夜野町も合併により、みなかみま町となり、私たちの通っていた中学校は
廃校となり、ずいぶん様変わりしてしまった。
でもここに育ち学んだ、卒業生は長い年月を経ても相変わらず名前で呼び合う仲間。

 私は生憎、同窓会に参加することが出来なかった。
せっかくの機会、何とか気持ちだけでも皆の仲間入りがしたかった。そこで日頃かきためた絵手紙を
印刷して渡すことにした。110枚の絵手紙が完成。何年か前のものもあって出来栄えはいろいろ。
しかし、これで少しでも、私のことを思い出してくれる人がいてくれたらと願いながら・・・
 同窓会後、110枚の絵手紙の返事が何枚か舞い込んで来た。
それは、手紙、メール、電話等。また同窓会帰りに家に訪れてくれる友もいて、まるで同窓会に参加
出来たような懐かしい気分に浸ることが出来た。

      友からの便りに心躍らせる
      やっぱり良かった障害者になっても皆と同じ気持ちでいられて・・・  
      生きていて良かったと思う今日この頃・・・
      残された日々を大切にいろいろな思い出作りをしていこう・・・

H.19.3.3             『マジックハンド』

 私の必需品。マジックハンドとは言いがたいがL字型に曲がったフックと手を引っ掛けて持つ
ように、マジックベルトのついた棒が部屋のあちこちにおいてある。
その場所によって長いの、短いの、中くらいのと・・・
いざという時には結構これが効力を果たし役に立つものである。
 私には車椅子がなかったらどこへも移動することが出来ない。車椅子に乗ればある程度は
自由に過すことが出来るのだが、しかし落とした物を拾ったり手の届かない物を取ったりする
時には人に頼むしかない。
ところがこのマジックハンドがあると、床に落ちたものを引っ掛けて拾ったり、棚の上や冷蔵庫の
上の段から、必要なものを引き摺り下ろしたりすることが出来るという訳です。
握力のない手で棒を使いこなすには業が必要なので、、せっかく頑張ってマジックハンドを振り 
回しても、目的を達成できずあきらめなければならないことも多い。
 このマジックハンドは22年前「村山病院」を退院する時に、リハビリの先生に作ってもらった
優れもので今でも愛用している。
 障害があって不自由している人にも、いろいろのアイディアや工夫を生かせば活動範囲が
広がるものだと、あらためてこのマジックハンドのありがたさを感じている。

つぶやき・3 今思うこと

H.19.5.10               『桜の花の散る頃』

 この頃になると思い出すことがある。それは私が病院に入院していたときの事だ。
もう1ヶ月以上経つというのに、まだベッドから起き上がることさえ侭ならない状態だったが午後の
30分位、ほとんど背もたれを倒した車椅子で、病院内を散歩できるようになった。
付き添いのおばさんが、今日は天気も良いしまだ桜の花も見られるからと言って病院の外へ連れて
行ってくれた。
 あたりの山々にはまだ残雪が残り、空は眩しいほどに青かった。桜の花びらが風に舞い顔の上に
降りかかってくる。何時も見慣れている景色のはずだったのに、何だか知らないところへ来ている様
な気がしていた。1ヶ月ぶりに車椅子に乗せてもらい空を見上げている自分が不思議に思えた。
いったい私は何をしているのだろうか・・・
嬉しいと言うよりはただボンヤリと空を見上げているだけ。お見舞いに来てくれた人が「車椅子に乗れる
ようになったんだって、はじめて外へ出られた時の感動はどんな事?」と聞かれたが何て言ったら良いか
言葉が見つからなかった。まだ私の心の中に、桜をめでる余裕などとてもなかったのだ。
 あの桜の散る季節が何回巡って来たのだろうか・・・
今は主人と毎年桜を追いかけて旅に出かけられるようになれた.。何百年と言う時を経た巨木、昔を偲ぶ
お城の桜、長く続く桜のトンネル・・・
皆それぞれを物語るように咲きつづけている、桜の生命力と力強さに魅せられて・・・・
 帰りの車の中では、何時ものように「また来年、桜に会うことが出来たら良いね」と話しながら。

H.19.10.5(金)        『金木犀』

 今年も庭の金木犀の甘い香りが漂い始めた。
この頃になるといつも思い出す事がある。それはもう20年以上前になる・・・
私が車椅子の生活になって間もない頃のこと。東京の村山病院に入院していた。
家族と離れ、リハビリの日々を送っていた。
 一人で起き上がることから始まって、衣服の着脱、ベットから車椅子への乗り移り、車椅子を
動かすこと、トイレへの移動・・・

 ある日はズボンをはくことが出来ず、リハビリ室のベットの上で何時間も過したことがある。
幼稚園の子供だってこんなこと簡単に出来るのに「ああ私はいったい何をしているのだろうか?」
先が見えない・・・
やらなければならないことは山ほどあるのに来る日も来る日も同じことの繰り返し。
焦りばかりが襲ってくる。でもこのままでは家に帰ることは出来ない。
家に早く帰りたい。子供達は主人はどうしているのだろうか?・・・

 やっとの思いでリハビリを終え一人外へ出る。リハビリ室と体育館の間の中庭に大きな金木犀の
木があって、庭中に甘い香りを漂わせていた。オレンジの小さな花がまるでじゅうたんを敷き詰め
たように散っていた。思わず車椅子を止め、暫く木の下でボンヤリとした時を過した・・・
 そう言えば、我が家の庭にも大きな金木犀の木があった。きっと今頃同じように庭じゅうに甘い
香りを漂わせているのだろうと思いを馳せながら・・・

 そんな金木犀の香りが今まで何もなかったように、今年も庭じゅうに漂っている。
 

つぶやき・H.20 スローライフ

今日のメモ帳

 何時の日からか、私は夜寝る前に「明日は何をしようかな」と紙切れにメモをすることが習慣に
なっていた。そして昨日のメモを見ながら、今日はいったい何が出来たのだろうかとチェックする。
〔洗濯、シャンプー、姉に電話、花の水やり、絵手紙をだす・・・〕
忙しく毎日を過している人達にとっては何でもない事なのに、私にとってはこんな何でもない事が
出来ず次の日に繰り越されてしまう日が多い。

 ひとつでも今日消すことが出来たらいいほうだ。
何も消せなかった日、いったい何をして一日中過したのだろうかと空しい気持ちになってしまう・・・
窓越しにボンヤリと庭を眺めていたり、今日は何だか調子が悪くてとゴロゴロしていたり、猫と遊ん
だりしていて、後は自分の生活に追われているだけ。
 でも私にはどうしてもやらなければならない事があるのだ。主人に迷惑をかけなかっただけでも
いいのかなと自分を慰めている。
今の私は最低限自分の身の回りのことは自分でしたいという思いが強い。だから何もしてないの
ではないんだと、自分に言い聞かせている。

 今日も私はやり残したことと明日のメモを紙切れに書きながら、今日一日無事に過せたことに感謝
して明日も良い日でありますようにと眠りにつく・・・

表紙 風だよりへ 続く